高野枡 応永三年八月日 高野山沙汰人連署刻銘 こうやます おうえいさんねんはちがつひ こうやさんさたにんれんしょこくめい
| 員数 | 1口 |
|---|---|
| 地域 | 伊都地域 |
| 所在地 | 伊都郡かつらぎ町柏木(かつらぎ町教育委員会寄託) |
| 時代 | 室町中期 |
| 指定年月日 | 昭和56年6月9日指定 |
| 指定等区分 | 国指定 |
| 種類 | 歴史資料 |
| 所有者 | 柏木区 |
解説
1977年、柏木区にある宝蔵寺の般若蔵から、応永3年(1396)年の年記をもつ一升枡が発見された。「高野枡」と呼ばれるようになったこの枡は、官省符荘の荘官が農民から納められた年貢米をはかるのに使っていた、いわゆる「荘枡」である。応永3年は高野山が寺領荘園の支配体制をたて直すべく実施した大検注が完了した年にあたる。この時点で、高野山は高野枡をつくり、量制を統一し、寺の権威を誇示したのである。(和歌山県文化財ガイドブック)