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木造高野明神立像 もくぞうこうやみょうじんりゅうぞう

員数 1躯
地域 伊都地域
所在地 伊都郡九度山町九度山(和歌山県立博物館寄託)
時代 平安後期
指定年月日 令和4年2月16日指定
指定等区分 県指定
種類 彫刻
所有者 槇尾山明神社明神会

解説

伊都郡九度山町九度山の槇尾山明神社本殿に安置されてきた男神像。像高58.6㎝。冠をかぶり、袍(上着)と袴をまとって帯をつけ、拱手して立つ。針葉樹林(ヒノキか)の一材製。
抑揚の穏やかな平安時代後期の作風を示しつつ、面貌の表現に形式化がみられない点など古様がうかがえることから、平安時代後期11世紀ごろの造像と考えられ、現在確認されている中では最古級の高野明神像となる。
槇尾山明神社は、「紀伊続風土記」に「高野明神、白髭明神合祀。一村の氏神なり。御手印縁起に北は槇尾山を限ると見えたるは即此の森なり」とある。11世紀成立のこの「高野山御手印縁起」は高野山領拡大の正当性を主張する根拠となった資料で、その四至の北限に槇尾山と記されることから、11世紀には高野山にとって当地が重要な拠点であったことがうかがえる。高野明神は丹生都比売神社の主神である丹生明神の子供として信仰されており、高野山開創において二匹の犬を引き連れ狩人に扮して弘法大師に高野山の場所を教えたとされる。本像は他の高野明神像と比較して、主神像としては比較的珍しい立ち姿であることと、衣の脇を縫い合わせず、武官の装束や狩衣のような服装を表すことに特徴がある。
神像として的確で優れた面貌表現を有する高野明神像の最古球の作例であり、11世紀頃の高野山領における高野明神図像の形成を示唆する点で貴重である。

所在地