刀 銘於南紀重国造之 かたな めいなんきにおいてしげくにこれをつくる
| 員数 | 1口 |
|---|---|
| 地域 | 伊都地域 |
| 所在地 | 橋本市隅田町 |
| 時代 | 江戸時代 |
| 指定年月日 | 昭和32年11月19日指定 |
| 指定等区分 | 県指定 |
| 種類 | ⼯芸品 |
| 所有者 | 個人 |
解説
鎬造り、庵棟、身幅・切先尋常、反り1.8㎝。鍛え板目よくつみ柾がかり、多少流れごころがある。地景入る。刃文はやや細かい直刃で匂い出来、小足・葉しきりに入る。帽子直刃で丸く返る土取りであるが、表先端及び裏は尖り気味で掃掛かかる。茎磨上げて現状栗尻にして、鑢目切、目釘穴3。茎尻近く棟寄りに「於南紀重国造之」と七字銘を切る。南紀重国は大和手掻派の刀工で兄の包国とともに徳川家康の包工となり、駿府において鍛刀したが、紀州藩祖頼宜公の入府に従って和歌山に来り、主としてお城備えの刀剣類の製作にあたったといわれている。その銘には手掻派の出自を明らかにした手掻銘、駿府以来の経歴を記入した来歴銘などがあるが、本品のように七字銘を切ったものが最も数多く残されており、その内の幾振かは県指定文化財となっている。(和歌山県の文化財第1巻)H10確認調査