神野々廃寺塔跡 こののはいじとうあと
地域 | 伊都地域 |
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所在地 | 橋本市神野々 |
指定年月日 | 昭和40年4月14日指定 |
指定等区分 | 県指定 |
文化財分類 | 史跡 |
所有者 | 個人 |
解説
橋本市西部の標高約85メートルの河岸段丘上に位置する。現在は塔基壇と心礎(しんそ)石が残存している。発掘調査は昭和51年(1976年)に実施された。
塔基壇は一辺12メートルの規模を持つものと考えられ、基壇縁は河原石(かわらいし)を廻らせた乱石積みで、心礎は旧位置を保っていると考えられるが、他の礎石は不明である。出土した瓦から見て、奈良時代前期から後期にかけて存続したものと考えられる。