興国寺 こうこくじ
| 員数 | 5棟 |
|---|---|
| 構成要素 | 法堂(はっとう)、坐禅堂(ざぜんどう)、開山堂(かいさんどう)、方丈(ほうじょう)、大門(だいもん) |
| 地域 | 日高地域 |
| 所在地 | 日高郡由良町門前801-7 |
| 時代 | 江戸時代中期・後期、昭和時代前期 |
| 指定年月日 | 令和7年8月6日登録 |
| 指定等区分 | 国登録 |
| 分類 | 有形文化財(建造物) |
| 所有者 | 興国寺 |
解説
興国寺は鷲峰山(しゅうほうざん)を山号とし、古くから関南第一禅林と称される禅宗の古刹である。鎌倉幕府三代将軍源実朝の菩提を弔うために建てられた西方寺が前身とされる。後に法燈国師(ほっとうこくし)を開山に迎えて宗旨を禅宗に改め、最盛時には多くの末寺を数えた。天正13年(1585年)羽柴秀吉の紀州征伐によって堂塔を焼失するも、近世に紀州藩の支援も受け、次第に伽藍を復興させた。
興国寺は軸線上に諸堂を並べる禅宗寺院らしい伽藍配置を持つ。法堂は本堂や仏殿とも呼ばれる、雄大な姿の禅宗仏殿である。境内の中心に建ち、寛政9年(1797年)に再建された。二重の入母屋造で、屋根正面には軒唐破風(のきからはふ)を付し千鳥破風(ちどりはふ)を飾る。内部は瓦の四半敷(しはんじき)とし、中央部分の上部一面には龍を描いた天井を張り、壮麗な空間を形成する。
坐禅堂は禅宗における修行僧である雲水(うんすい)が坐禅を修する場で、法堂の北側に建つ。入母屋造の前堂に切妻造の後堂が丁字型に取り付く。内部は瓦の四半敷とし、一室からなる。前堂の両脇間には坐禅のための畳敷きの単(たん)を設ける。軸線上に建ち、禅宗寺院らしい景観の形成に寄与している。
開山堂は伽藍最奥の高台に建ち、坐禅堂北側の登り廊に接続する。法燈国師を祀る霊廟であり、堂内には重要文化財の木造法燈国師坐像を安置する。宝形(ほうぎょう)造、瓦葺の三間堂で、文政6年(1823年)
頃に建てられた。小規模ながら組物や軒などが華やかかつ上質な造りで聖域としての威厳を示す。
方丈は法堂東側に庫裏と並んで建つ書院建築で、開山400年忌の元禄11年(1698年)に再建された。木造平屋建、瓦葺で、庫裏との間には玄関を構える。六室を並べる典型的な方丈の構えになり、背面側中央に仏間を設ける。規模が大きく重厚な外観は法堂とともに伽藍景観の要となっている。
大門は南北に長い伽藍の南端参道入口に建つ、切妻造、瓦葺の四脚門(しきゃくもん)である。現在の大門は昭和13年(1938年)に再建され、平成9年(1997年)に現在地より南400mの位置から移築された。総ケヤキ造で各部に装飾彫刻を施した比較的大ぶりな門であり、古刹の正門としての風格をたたえる。
なお、これら5件の建造物は由良町初の登録有形文化財(建造物)となる。