紙本墨書置文 しほんぼくしょおきぶみ
| 員数 | 1巻 |
|---|---|
| 地域 | 有田地域 |
| 所在地 | 有田郡湯浅町栖原 |
| 時代 | 鎌倉前期 |
| 指定年月日 | 明治37年8月29日指定 |
| 指定等区分 | 国指定 |
| 種類 | 古⽂書 |
| 所有者 | 宗教法人施無畏寺 |
解説
寛喜三年(1231)、湯浅庄内巣原(栖原)村地頭湯浅景基が、明恵閑居の遺跡である白上峰の麓に寺を建立、施無畏寺と名付けて明恵に進めたときの寄進状である。景基は明恵から外題と裏花押を受け、湯浅一族に連署を求め、本願を改めることのないよう誓約させている。この文書から明恵が入寂の前年病をおして一族のため故郷に向かったことがわかる。また、明恵の親族であり後援者であった湯浅党の全貌を連署から知ることができる。(和歌山県文化財ガイドブック)