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安政聞録 古田咏処筆 安政四年の銘がある あんせいもんろく ふるたえいしょひつ あんせいよねんのめいがある

ノーイメージ画像
員数 1冊
地域 有田地域
所在地 有田郡広川町広
時代 江戸時代
指定年月日 令和5年4月21日指定
指定等区分 県指定
種類 歴史資料
所有者 宗教法人養源寺

解説

有田郡広川町広の養源寺に伝わる「安政聞録」は、嘉永7年(安政元年/1854)に発生し各地に甚大な被害を及ぼした安政東海地震・南海地震に関する記録で、広村と銚子で醤油醸造業を営む古田庄三郎致恭(天保7-明治39/1836-1906)により作成されたものである。聞き取りをもとに広域にわたる被災状況を記録した稿本で、巻中2か所に、地震の3年後にあたる安政4年(1857)の年紀がある。冒頭には、子孫に津波への教訓を伝える意図からの記録であることが記される。
紙質は楮紙製、紙本墨書、一部淡彩で、縦27㎝、横20㎝、表紙・裏表紙と本文46丁からなる両開きの和綴じ本である。稿本であるため朱書の訂正や紙貼りによる修正が散見され、一部明治期に整理したとみられる異筆が混じる。完成本は伝存せず、稿本の段階で制作が中断された可能性もある。内容は、発生時に銚子にいた咏処が見聞きした全国各地の被害や、地震の原因についての先学の論、地震の翌年広村に戻ってから人々に聞き取った被害の様子等で構成され、特に広村の様子は10回に分けて詳述される。また、自筆による被災状況を色分けして示した日本図と、津波が広村を襲う様子を描いた図も収録されており、前者についてはハザードマップの先駆を成すものとの指摘もなされている。特筆すべきは、本資料が、「稲村の火」の逸話で知られる濱口梧陵の事績を裏付ける希少な同時代資料という点である。現代にも通じるものと評価される梧陵の災害対応、すなわち、津波からの避難の際に稲村に火を放ち人々を廣八幡宮に導いたことや、私財をなげうち仮設住宅を建て被災者を住まわせたこと、人々を集め広村堤防を築いたことなどが記される。これはのちに、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が「A Living God(生き神様)」と題して物語化し、また国語の教科書に掲載されたことで、全国的な知名度を得ることとなった。
このように本資料は、個人の手でまとめられた大災害に関する広い視野からの記録として先駆的である。後世に向けられた防災教材であり、また濱口梧陵の事績に関する希少な根拠資料でもある。本県にとって極めて重要であり、全国的にも災害史研究上、価値が高い。