岩倉流泳法 いわくらりゅうえいほう
地域 | 海草地域 |
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所在地 | 和歌山市吉田 |
指定年月日 | 昭和40年4月14日指定 |
指定等区分 | 県指定 |
文化財分類 | 無形⺠俗⽂化財 |
所有者 | 岩倉流泳法保存会 |
解説
紀州藩は水泳を奨励したが、指南役に召し抱えられたものに岩倉流、能島流(のじまりゅう)、小池流(こいけりゅう)の三派があり、立泳(たちおよぎ)・抜手(ぬきて)・鯔飛(いなとび)が泳法の根幹をなしていた。第5代藩主徳川吉宗の治政下、岩倉郷助重昌(ごうすけしげまさ)が水芸指南役となり、各種の応用泳法を考案した。水上術(すいじょうじゅつ)・跳飛術(ちょうひじゅつ)・浮身術(うきみじゅつ)・飛込術(とびこみじゅつ)・水入術(すいりじゅつ)からなり、古くからの武芸の一つである。また、危険防止や人命救助にも重きを置いている。全国12流派の一つとして有名で、現在も普及と後継者の育成をはかっている。(公開時期/8月講習会の最終日曜日)