南保又二郎納骨遺品 なんぽまたじろうのうこついひん
| 員数 | 1基、1面 |
|---|---|
| 地域 | 伊都地域 |
| 所在地 | 伊都郡高野町高野山(高野山霊宝館寄託) |
| 時代 | 鎌倉後期 |
| 指定年月日 | 大正15年4月15日指定 |
| 指定等区分 | 国指定 |
| 種類 | 考古資料 |
| 所有者 | 宗教法人金剛峯寺 |
| 管理団体 | 公益財団法人高野山文化財保存会 |
解説
奥院御廟の垣内の向かって左奥の位置から明治末年頃出土したものである。金銅宝篋印塔は鋳銅製鍍金の1尺にみたない小型の宝篋印塔形蔵骨器である。銘から弘安10年(1287)に亡くなった南保又二郎の遺骨が納められていたことがわかる。南保又二郎についての記録はない。鋳出銅板三尊仏像は、厚手の鋳銅板の表面に、阿弥陀三尊像を半肉彫りに陽鋳する。奈良時代に流行した押出仏の原型として鋳造されたと考えられる。(和歌山県文化財ガイドブック)