木造執金剛神立像、木造深沙大将立像 もくぞうしゅこんごうしんりゅうぞう、もくぞうじんじゃだいしょうりゅうぞう
| 員数 | 1躯、1躯 |
|---|---|
| 地域 | 伊都地域 |
| 所在地 | 伊都郡高野町高野山(高野山霊宝館寄託) |
| 時代 | 鎌倉 |
| 指定年月日 | 平成24年9月6日指定、平成29年9月15日追加指定 |
| 指定等区分 | 国指定 |
| 種類 | 彫刻 |
| 所有者 | 宗教法人金剛峯寺 |
| 管理団体 | 公益財団法人高野山文化財保存会 |
解説
金剛杵を手に仏法を守護する執金剛神と、玄奘三蔵のインド求法の旅の途次に現れたという深沙大将を一対で表す。執金剛神は右腕を振り上げ右脚を蹴上げて立つ姿で、一般的な執金剛神よりはむしろ蔵王権現に近い形姿になる。一方の深沙大将は髑髏の胸飾りや象頭形の膝飾りをつけ、さらに腕に蛇を巻くという、怪異な姿が印象的である。同像を比較すると、隆々たる筋肉や浮き出た血管の表現などで深沙大将の方に一層の誇張を認めるが、上半身から下半身にかけての動きにやや破綻を示しつつ衣文等に整理された表現が見られるのは相通じる。
「南無阿弥陀仏作善集」(鎌倉時代初め、東大寺の復興に尽力した僧・重源の作善勝活動を記したもの)によると、重源が高野山上に営んだ「高野新別所」には、四天王寺像と執金剛神・深沙大将像が安置されていた。このうち四天王像は、霊宝館所在の快慶作の像に該当すると考えられ、こちらはすでに重要文化財指定を受けていたが、後二者については本像との関係は必ずしも明らかでなかった。しかし、近年、執金剛神の像内に快慶作であることを示す「ア(梵字)阿弥陀仏」の墨書きが見出され、四天王とともに「作善集」記載の像に該当する可能性の極めて高いことが判明した。