金剛峯寺 こんごうぶじ
| 員数 | 9棟 |
|---|---|
| 構成要素 | 御影堂(みえどう)、西塔(さいとう)、山王院拝殿(さんのういんはいでん)、山王院鐘楼(さんのういんしょうろう)、准胝堂(じゅんていどう)、宝蔵(ほうぞう)、大会堂(だいえどう)、愛染堂(あいぜんどう)、三昧堂(さんまいどう) |
| 地域 | 伊都地域 |
| 所在地 | 伊都郡高野町高野山152 |
| 時代 | 江戸時代末期~明治時代中期 |
| 指定年月日 | 令和6年12月9日指定 |
| 指定等区分 | 国指定 |
| 分類 | 有形文化財(建造物) |
| 所有者 | 金剛峯寺 |
解説
高野山は和歌山県北東部の山々に囲まれた盆地上に位置し、弘仁7年(816年)に弘法大師空海によって真言密教の根本道場として開かれた、日本を代表する宗教的聖地の一つである。高野山全域が金剛峯寺の境内地であり、その中心となる伽藍は「壇上伽藍」と称され、墓域である奥之院とともに山内の二大聖域となり信仰を集めている。
金剛峯寺9棟は、金堂及び根本大塔とともに、壇上伽藍を構成する堂塔である。9棟はいずれも幾度もの火災に見舞われながら復興を繰り返し、現存のものは江戸時代末期から明治時代前期にかけて再建された建造物となる。
壇上伽藍は東西に長く取られた敷地に、中心部南端に中門が建つ。中門をくぐると北に金堂、根本大塔や御影堂などが建ち並び伽藍の中核を成す。
御影堂は、金堂の北西に建つ弘法大師の御影を祀る仏堂で、奧之院御廟(ごびょう)と並ぶ高野山の最聖域となる建造物である。嘉永元年(1848年)に建設された緩やかな桧皮(ひわだ)葺き屋根の優美な仏堂で、多くの飾金具や漆(うるし)を用いて荘厳され、桧の良材を駆使し優れた意匠でまとめた極めて質の高い建造物になる。
西塔は根本大塔と対をなす壇上伽藍の北西に建つ塔で、天保5年(1834年)に再建された。国内有数の規模を誇る大型の五間(ごけん)多宝塔で、屋根は瓦型銅板葺きとし内陣は華麗に彩色(さいしき)されている。
山王院は壇上伽藍の西端に位置し、地主神である高野明神や丹生明神を本殿に祀る。その本殿を礼拝するための山王院拝殿や山王院鐘楼のほか、伽藍に建ち並ぶ准胝堂、大会堂、愛染堂、三昧堂の諸堂も、桧皮葺き屋根で高野山の伝統形式を継承するとともに意匠も優れた建造物群になる。
宝蔵は御影堂の北側に建つ寺宝を収蔵する蔵で、御影堂と同時期に建設された。土蔵造、漆喰塗り、銅板葺き屋根で、桧の良材を用いた蔵である。
上記の建造物のほか関連する図面や棟札(むなふだ)が附(つけたり)指定となり併せて保護が図られる。
これら金剛峯寺9棟は、近世末期の成熟した寺院建設技術のもと高野山の中心伽藍にふさわしい格式を備えた建造物群として再興されたものであり、高い歴史的価値を有するとともに長い歴史を誇る伽藍の往時の姿を良く伝えている。