彩絵檜扇 さいえひおうぎ
| 員数 | 1握 |
|---|---|
| 地域 | 東牟婁地域 |
| 所在地 | 新宮市新宮(和歌山県立博物館寄託) |
| 時代 | 南北朝時代 |
| 指定年月日 | 令和6年3月4日指定 |
| 指定等区分 | 県指定 |
| 種類 | ⼯芸品 |
| 所有者 | 宗教法人熊野速玉大社 |
解説
彩絵檜扇は、明徳元年(1390)足利義満を中心として天皇・上皇らによって熊野速玉大社に奉献された1000点以上にのぼる古神宝のうち、明治中期に社外に流出した2握の檜扇の一つである。現在、国宝に指定される速玉大社所蔵の「古神宝類」中の10握、京都国立博物館所蔵の「古神宝類」(阿須賀神社伝来)の1握とともに、熊野十二所権現及び速玉大社の摂社である阿須賀神社の神々のためにつくられたものと考えられる。近年、新宮出身の文筆家・佐藤春夫の子孫により再び速玉大社に奉納された。
彩絵檜扇は、縦39.4㎝のヒノキ材計27枚からなる。素地に彩色を施し、上端に穴を各3点ずつ空け、白糸(後補)でとじる。要はこよりを石畳結びとする。片面にはフジバカマとススキを、もう片面には松と竹とを画面左から右に向かって大きく配置する。輪郭線を引かずに白、墨、緑、朱、紫の彩色で描き表し、余白には金銀箔や砂子をふんだんに散らす。一部に短い亀裂が入るほかは健全で、特に黒変しやすい銀箔が今なお非常に鮮やかな白銀色を呈しているなど、彩色の状態は極めて良好である。
速玉・阿須賀の古神宝類の檜扇と法量・形態・構図・賦彩の方法などが一致することから、従来より一具の作と考えられてきた。この度実施した科学調査により、使用顔料が共通することが確認され、伝来についても佐藤春夫の父豊太郎の書簡により、明治期の流出から再奉納までの経緯がおおむね判明したことで、両者の一具性が確実なものとなった。
以上のことから彩絵檜扇は、熊野速玉大社の檜扇と一具の作である可能性が極めて高く、数少ない中世檜扇の優品として価値が高い。