発心門王子社跡 附 南無房堂跡 ほっしんもんおうじあと つけたり なむぼうどうあと
| 地域 | 西牟婁地域 |
|---|---|
| 所在地 | 田辺市本宮町三越字上久保 |
| 指定年月日 | 昭和42年4月14日指定 |
| 指定等区分 | 県指定 |
| 分類 | 史跡 |
| 所有者 | 発心門総代 |
解説
藤原定家の『熊野御幸記』によると、発心門の近くには南無房(なむぼう)という尼の宅があり、定家はここを宿所とした。当時、熊野詣の道中、社寺に歌や詩を書き付けることが流行っており、定家はこの南無房宅の巽(南東)角の門柱に、発心門を詠んだ詩と歌を書き付けた。定家がこの熊野詣の道中で社寺に歌や詩を書き付けたのはここが初めてである。