海を渡った古代騎馬豪族 紀氏一族の史跡を訪ねるコース
和歌山市
紀の川の河口地帯には、古墳時代に紀氏と呼ばれる集団が居住していた。日本書記には紀氏一族がたびたび朝鮮半島に出征したことが記録されている。日前・国懸神宮(日前宮)を奉祀し、宮井用水を掘削して周辺を開墾し、岩橋山塊一帯に多くの古墳を築いた集団だと考えられている。大谷古墳からは、武器や装飾品など多数の副葬品とともに、日本では2例しかない朝鮮半島製の馬冑と馬甲が出土している。このことから大谷古墳の被葬者像として、紀氏一族の有力者で、半島に出兵し、武装して騎馬に乗った勇壮な武人の姿が浮かび上がってくる。古代より紀伊国は、木の国とも呼ばれて楠や杉などが多く産出し、紀氏一族は造船技術と航海技術に長け、大和朝廷の水軍の主力部隊だったと推定されている。昭和57年(1982年)に、和歌山市鳴滝で発見された7棟からなる大倉庫群は、朝鮮半島出兵時の物資の集積機能を担っていたとも推定されている。