方丈障壁画 ほうじょうしょうへきが
| 員数 | 55面 |
|---|---|
| 地域 | 東牟婁地域 |
| 所在地 | 東牟婁郡串本町串本 |
| 時代 | 江戸 |
| 指定年月日 | 昭和54年6月6日指定 |
| 指定等区分 | 国指定 |
| 種類 | 絵画 |
| 所有者 | 宗教法人無量寺 |
解説
無量寺は京都東福寺虎関派海蔵院末の禅刹で、本州最南端の串本の町中に所在し、「蘆雪寺」として有名である。本堂は天明5年(1785)に建設されたと伝える方丈建築で、各間にしつらえられた障壁画55画が重要文化財の指定をうけている。その内訳は、師であった円山応挙の筆になる作品3件を上席である上間一之間に集めて配置する。波上群仙・山水・群鶴図からなり、当寺を再興した愚海和尚と応挙の往年の約束によって描かれた作品で、天明年間の初め頃から同6年に作成されたものである。他の間は、全て長沢蘆雪によって描かれている。仏間・室中之間の東西両側各6面の襖は縦約1.8m、横約6.4mの大画面を巧みに駆使し、西に虎と右寄りに三角形の岩と竹、東に龍と背景に空気の流れを、大画面に付け立てて一気呵成に描きあげており、南紀における蘆雪の作品群の中でも白眉の一つとされる。上間二之間は薔薇図で唯一著色を施す。下間一之間は群鶴図。下之間は唐子遊図と称され、22人の唐子、仔犬、鳥、鼠を描いている。(和歌山県文化財ガイドブック)