木造菩薩形坐像(伝弁慶観音) もくぞうぼさつぎょうざぞう(でんべんけいかんのん)
| 員数 | 1躯 |
|---|---|
| 地域 | 西牟婁地域 |
| 所在地 | 田辺市南新町 |
| 時代 | 南北朝 |
| 指定年月日 | 昭和47年4月13日指定 |
| 指定等区分 | 県指定 |
| 種類 | 彫刻 |
| 所有者 | 宗教法人海蔵寺 |
解説
海蔵寺は慶長年間、時の領主浅野左衛門佐が建てたものである。この像はもと覚方寺にあったが、のちに海蔵寺に移された。寄木造、玉眼、古色仕上げの菩薩形坐像で、作風は泉養寺阿弥陀三尊像の両脇侍に近く、宋風の余韻がほのかに認められるが、面相は本像の方がやや硬くなっており、制作年代はやや降るものと思われる。寺伝によると熊野別当湛増が屋島の戦いのおり船に安置して戦勝を博したといわれ、弁慶観音とも称されている。(和歌山県文化財ガイドブック)