福勝寺 ふくしょうじ
| 員数 | 2棟 |
|---|---|
| 地域 | 海草地域 |
| 所在地 | 海南市下津町橘本1065 |
| 時代 | 室町後期、江戸前期 |
| 指定年月日 | 平成3年5月31日指定 |
| 指定等区分 | 国指定 |
| 種類 | 有形文化財(建造物) |
| 所有者 | 宗教法人福勝寺 |
解説
熊野参詣道に近接し修験の行場(ぎょうば)として知られる、境内は山の南斜面に造られ、本堂・求聞持堂・鐘楼が西から一直線に並ぶ。
本堂は、桁行三間、梁間三間、寄棟造、本瓦葺の建物で、堂内に修験者の記した墨書(ぼくしょ)が多数残り、建築年代は様式から見て15世紀後期頃と見られる。中世の標準的な三間堂(さんげんどう)で、細部の造りも時代の特色をよく表している。
求聞持堂は、紀州藩主徳川頼宣が慶安3年(1650年)に建立したことが棟札によって分かる。西面が本堂と接続するが、かつては宝形造(ほうぎょうづくり)屋根の建物であった。藩主の祈祷所(きとうしょ)となったところで、江戸時代初期の密教修法を目的とした施設として貴重である。
鐘楼は桁行一間、梁間一間、切妻造、本瓦葺の建物で、求聞持堂と同時代のものである。
室町時代から江戸時代の境内景観をよく残している。