小田井灌漑用水路(中谷川水門) おだいかんがいようすいろ(なかたにがわすいもん)
| 員数 | 1基 |
|---|---|
| 地域 | 伊都地域 |
| 所在地 | 伊都郡かつらぎ町中飯降 |
| 時代 | 明治後期 |
| 指定年月日 | 平成18年3月2日登録 |
| 指定等区分 | 国登録 |
| 種類 | 有形文化財(建造物) |
| 所有者 | 小田井土地改良区 |
解説
小田井は紀州藩主の命を受けた大畑才蔵らによって宝永4年(1707年)から開削された紀の川水系の代表的な基幹灌漑用水路である。和泉山脈の南麓に位置する紀の川右岸(北岸)の河岸段丘に築かれ、橋本市高野口町から岩出市に至っている。紀の川に流れ落ちる数多くの谷川を横断するため、これら谷川との交差地点には水路橋が設けられた。当初は木造であったが、大水の度に大きな被害を受け、明治39年(1906年)から大正期にかけて恒久的なものに改修された。
中谷川水門は、小田井用水路が中谷川と交差する位置にある暗渠。煉瓦はフランス積み。高低差が少ないため、水路は河床の地下を通している。伏越(サイフォン)の原理を利用した吹樋(ふきとい)である。