光臺院 こうだいいん
| 員数 | 2棟 |
|---|---|
| 地域 | 伊都地域 |
| 所在地 | 伊都郡高野町高野山649 |
| 時代 | 大正前期~昭和前期 |
| 指定年月日 | 令和6年12月3日登録 |
| 指定等区分 | 国登録 |
| 種類 | 有形文化財(建造物) |
| 所有者 | 宗教法人光臺院 |
解説
光臺院は高野山真言宗別格本山の寺院で、皇室と関わりが強く「高野御室(おむろ)」と称される。多宝塔は客殿の西に建つ三間(さんけん)多宝塔、銅板葺屋根で、大正6年(1917年)に大阪の実業家藤田平太郎の寄進により建設された。藤田により大阪に移築された前身多宝塔(藤田美術館多宝塔として現存)と同形同大に造られ、軒は放射状に垂木(たるき)を配る凝ったものである。小ぶりながらプロポーションの優れた塔で、光臺院客殿庭園の重要な添景となる。
経蔵は光臺院参道の西側に建つ、高床の校倉造(あぜくらづくり)、銅板葺の蔵である。昭和2年(1927年)に建設され、現在に至るまで経典を保管する蔵として使用されている。校倉の伝統形式に倣った端正な造りであり、近代の高野山における経蔵の作例として重要である。