木造不動明王二童子像 もくぞうふどうみょうおうにどうじぞう
| 員数 | 3躯 |
|---|---|
| 地域 | 西牟婁地域 |
| 所在地 | 田辺市本宮町湯峯 |
| 時代 | 室町時代 |
| 指定年月日 | 平成22年3月16日指定 |
| 指定等区分 | 県指定 |
| 種類 | 彫刻 |
| 所有者 | 宗教法人東光寺 |
解説
不動明王頭部内面墨書「不動明王 寛正四年十二月 作者 七条西仏所 康永法眼 増珍 定空」
湯の峰温泉の湧出源に立地する東光寺の本堂に、客仏として安置される仏像。不動明王を中尊に、衿羯羅・制托迦の二童子を眷属とする。不動明王坐像は、大振りの巻髪と眉、角張った耳の造形や、やや緩みを含んだ肉付きのよい体型、重たげではあるが深く強く曲がる衣紋線の形式など、室町時代の造像様式を示す。また、体部背面材内側の墨書銘により、寛正4年(1463)に増珍・定空の関与のもと、京の七条西仏師である康永法眼によって造像されたことが分かり、室町時代の在銘彫刻として貴重である。衿羯羅・制托迦の二童子像も、面相部の立体表現に優れ、不動明王と同じ頃の制作と考えられる。熊野本宮では、寛正2年(1461)4月9日に火災が発生し、その後、寛正6年頃まで復興造営が行われたとみられ、本像は、その造営の過程において新たに造営された可能性が高い。本像は、寛正4年(1463)に七条仏師康永によって造像された、室町時代の特徴を示す不動明王及び二童子であり、体内の墨書銘から室町時代の基準作例として位置づけられるとともに、現在ほとんど資料が存在しない熊野本宮の中世熊野修験に関する仏像彫刻の可能性がある貴重な作例である。