和歌山県の白鳳寺院を訪ねるコース
和歌山市
6世紀中頃に仏教がわが国に伝来して以来、古墳が墓であり政治的記念物であった時代からやがて、寺院や宮殿などの建造物が政治的な中心を占めるようになっていく。和歌山県は、当時の飛鳥・藤原宮に地理的に近く、紀の川流域を中心として、比較的早くから白鳳寺院の造営が開始された。県内の白鳳寺院は、現在のところ16カ寺が知られている。各地の有力氏族が寺院を造営したと考えられている。
寺院を構成する塔や金堂などを伽藍(がらん)と呼ぶが、全国でもいくつかの配置パターンが知られている。発掘調査が実施されているもののうち、神野々廃寺(こののはいじ)・佐野廃寺(さやはいじ)・名古曽廃寺(なこそはいじ)は塔と金堂が東西に並ぶ法起寺式(ほっきじしき)の伽藍配置で、上野廃寺は、東西に両塔をもつ薬師寺式の伽藍配置である。道成寺旧伽藍は、東に塔を、西に東向きの金堂を並べ、北に講堂を配し、中門から左右に延びる回廊がこれらの堂塔を取り囲んで講堂につながる観世音式伽藍配置であることが知られている。