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葛城山の凍豆腐製造用具 かつらぎさんのこおりどうふせいぞうようぐ

ノーイメージ画像
員数 一式(21点)
構成要素 附 凍豆腐関係文書 3冊
地域 伊都地域
所在地 橋本市御幸辻786 橋本市郷土資料館
指定年月日 平成21年3月17日指定
指定等区分 県指定
文化財分類 有形⺠俗⽂化財
所有者 個人

解説

伊都地域の山地の集落では、かつて冬の寒暖の差を利用した天然の凍豆腐(こおりどうふ)製造が盛んに行われ、特に葛城(和泉)山脈及び高野山周辺の農家では、冬の農閑期の貴重な現金収入源としてこれに従事した。
凍豆腐の製造は、江戸時代になってまず高野山において商品化され、「高野豆腐」の名で紀伊国の名産物になった。そして19世紀初めには、伊都郡の伏原、吉原、田原、出塔、山田など紀の川の北岸の村人たちが、葛城山の頂上付近に豆腐小屋を建て、冬季の副業として凍豆腐製造を始めた。葛城山での凍豆腐製造が最盛期であった明治末期から昭和初期には、葛城山中に40近くの工場が営まれ、但馬や因幡など県外の出稼職人を集め、大規模に凍豆腐を生産した。
本資料は、当地の凍豆腐の製造が機械化する以前に使用されていた道具の一式である。一部の工程に関する道具が欠落しているものの、豆漬け、豆の臼挽き、豆汁の煮沸、搾り、豆腐の寄込み、豆腐の裁断、豆腐の凍結など、凍豆腐の製造に必要な大部分の工程の道具が残されている。このような用具類は県内では他に例がなく、当地域の山村農家の副業の実態をよく伝えるものとして貴重である。また、全国各地の凍豆腐の製造技術を比較する上においても、本資料は、その指標となるものである。