明恵上人遺跡 刈藻島 みょうえしょうにんいせき かるもじま
員数 | 10,670㎡ |
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地域 | 有田地域 |
所在地 | 有田郡湯浅町栖原字下地続 |
指定年月日 | 昭和49年12月9日指定 |
指定等区分 | 県指定 |
文化財分類 | 史跡 |
所有者 | 湯浅町 |
解説
栖原(すはら)から湯浅湾内南西約2キロメートル沖合に北刈藻島と南刈藻島がある。白上峰で修行していた建久年間の末頃、明恵は道忠(どうちゅう)と喜海(きかい)を伴って刈藻島に渡り、洞穴に板を差し渡して草庵に擬し、西向きに釈迦像をかけて、5日間その前で読経(どきょう)・念誦(ねんしょう)の修行を行った。建暦3年(1213年)、白崎からの帰りも刈藻島に渡り、宝楼閣陀羅尼(ほうろうかくだらに)を誦(しょう)している。
国指定史跡「明恵紀州遺跡卒塔婆」の関連遺跡として明恵上人を知る上で貴重である。